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私ども日本放送作家協会と韓国・国際文化産業交流財団が主催した「第3回東アジア放送作家カンファレンス」に多大なるご理解、ご支援を賜り、まことにありがとうございました。
おかげをもちまして、福岡における前夜祭、長崎ハウステンボスにおけるカンファレンスを無事、滞りなく終えることが出来ました。
福岡における前夜祭では、約七百名を超える関係者や福岡のみなさま方が、東アジアから集まった放送作家たちを歓迎して下さいました。
また、長崎ハウステンボスのカンファレンスには放送作家と関係者が、韓国から五十名、中国から十一名、台湾、タイ、ベトナム、フィリピンから計九名、海外から七十名が参加。国内からは放送作家とマスコミ関係の方々百三十六名が参加。二百名を超える盛大な国際会議となり、東アジアにおけるテレビドラマについて真剣かつ忌憚のない活発な議論を交わすことができました。また、懇親会として、ハウステンボスにて正餐会、船上晩餐会を催し、東アジアの放送関係者が集い、親交をさらに深めることが出来ました。
カンファレンスの反響は会議期間を通して、非常に大きく、多くの新聞・雑誌、報道関係に取り上げていただきました。各方面からの関心の高さは主催者側としては、予想を超えるものであり、スタッフ一同、喜びをかみ締めたことでした。これらは、ひとえに、このカンファレンスにお力添え頂いた皆様方のおかげと、衷心からの御礼を申し上げます。
実り豊かな会議になったかどうかについては、会議に参加した作家及び関係者、及びご協力くださったみなさま、さらに、会議に参加できなかった作家諸氏、そして、このカンファレンスに興味と関心をお寄せ頂いているみなさまに、
広くご理解いただけるよう、ここに、専用のサイトを開設いたします。
さて、2009年9月18日は日本放送作家協会にとりまして創立50周年記念日となります。これもひとえに、皆様方のご支援の賜物と深く感謝申し上げます。協会はこれまでの実績の上に立って、国内はもとより、東アジアの放送作家の皆さんと共に放送文化を考え、欧米諸国に引けを取らない質の高い東アジアの文化コンテンツの開発と発信に努めて参ります。今後とも、なにとぞ変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
社団法人日本放送作家協会
理事長 市川森一
始まりは94年11月30日のこと。1923年生まれの韓雲史(ハヌンサ)先生率いる韓国放送作家協会の面々が協会を訪れたのがきっかけでした。ちょうどお昼時で、我々は冷たい弁当の替わりに紐を引っ張ると発熱する仕掛けのインスタント釜飯を用意し、昼食を共にしました。後に、お膳の脚が折れるほどの品々を出してもてなす韓国文化を知るにいたって、このあまりに粗略なもてなしぶりに深く恥じ入り、後々までの語り草になりました。 その折、韓国版『人間の条件』と称される彼のベストセラー『玄海灘は知っている―――阿魯雲伝』正続二巻の見返しに韓雲史先生は次のようにサインしています。
「人間の側に立ちましょう」「人間のために書きましょう」。 それから11年後の05年、日本放送作家協会では日韓放送作家交流ツアーを実施し、韓国放送作家協会の会員と親交を深めました。『冬のソナタ』の脚本家を始め韓国ドラマの第一線で活躍している作家と、日韓の放送界の現状について率直な意見交換をしました。
その時、韓雲史先生は「夢の木」の話をされました。親が出来なかった事を子供に託す、親の思いを子供がかなえてあげる「夢の木」。すばらしい人間の明日を開く「夢の木」の話は先生の風貌と姿勢と共に訪韓したメンバーの心に深く刻まれました。 翌06年6月には韓国放送作家協会・KOFICE共催で初めての東アジア放送作家会議が韓国の釜山で行われました。参加国および参加地域は北京・台湾・香港・韓国・日本でした。同年10月には東京で日韓TVドラマ作家セミナーも催されました。
07年には上海で第2回の東アジア放送作家会議が開催され、東アジア諸国との交流はますます活発化してきました。 そして08年の今年6月、日本放送作家協会・KOFICE共催で第3回東アジア放送作家会議は日本の九州で開催されました。お金もない、専従事務局員もいないわれわれ協会は資金集めの段階から様々な困難に直面しました。その都度、作家一人ひとりが力を合わせ乗り越えて、ようやく準備を整えることができました。
こうした活動の根底にあるのはわれわれと東アジア諸国の作家たちとの小さな出会いの感動にあったことは言うまでもありません。締めくくりにこの言葉をご紹介します。
「50年後の日韓関係を考えてみると微笑まざるを得ない。われわれの子孫はもっと智慧深くなるに違いない。人間的に温かく生きるということが如何に素晴らしいことであるかを、知っている時代になるだろう。似た顔だもの。好きになれば国なんか構うものか、抱き合って結ばれるだろう」(韓雲史「高い所での展望」) これはただに日韓関係にとどまらず、東アジアの国々との今後の交流にも励みとなる言葉と言えましょう。
日韓放送作家交流発起人 津川泉(日本放送作家協会理事)
「東アジア放送作家カンファレンス」とは
本大会は2006年釜山、2007年上海に続く3回目で日本放送協会が、韓国と共同主催で長崎県で開催した国際会議。日本、韓国、北京、上海、台湾、他東アジア地域のテレビ媒体で活動するドラマ脚本家である放送作家が一堂に会し、ドラマ制作の現状を紹介しつつ、各国各地域で制作されるドラマの同質性と作家性を、各国の代表作を比較しながら討論を重ねた。今回は、代表作のテーマをラブストーリーとし、「恋するアジア」と副題をつけた。また将来に向けて、各国の作家と制作陣がコラボレーションする共同制作の可能性を模索し、東アジア及び世界に発信する新たなドラマコンテンツを開発するための議論を重ね、具体的な成果物として、コンテンツ計画を発表した。
東アジア放送作家カンファレンスからアジア放送作家カンファレンスへ
2009年6月にソウル市で開催される第4回大会より、会議名を「東アジア放送作家カンファレンス」と変更することになりました。「東アジア」から、「アジア」とすることで、参加地域を広げ、アジア全域で、テレビドラマの同質性を論議し、さまざまな共同制作の可能性を模索していきます。今後、この国際的な放送作家カンファレンスはますます発展していくことになるでしょう。
なお、第4回以降のカンファレンスについては、第1回、第1回と同様、アーカイブズのページでご報告していきます。
※第4回アジア放送作家カンファレンスは、2009年6月3日~5日まで、ソウル市にて開催されました。







