■ ご挨拶
ご挨拶
脚本アーカイブズの意味と意義について
日本脚本アーカイブズ委員長 香取俊介
【脚本・台本を収集保存することの意義】

   戦後の日本社会にテレビ・ラジオは大きな影響をあたえてきました。
   ファッションや文化・芸術、生活習慣のほか、政治や経済にも強い影響をおよぼし、
   戦後の日本人の「生き方の土壌を形作った」といってもいいくらいです。

   ところで、基本的にすべての放送番組には脚本・台本があり、それに基づいて番組が
   つくられています。
   脚本・台本はいわば番組の骨格であり、建築物でいえば設計図であるといっていい
   でしょう。
   ドラマなどは脚本の善し悪しが作品の出来に決定的に影響するものです。



   そんな大事な役割を担う脚本・台本が、これまで番組制作が終わると「用なし」と
   ばかりに棄てられてきました。
   個人的に保有し大事にしているケースもありますが、組織的に収集し保存することは
   皆無に近く、テレビ草創期の脚本・台本は相当部分が消滅してしまっています。

   この時期の映像も廃棄されてしまったものが多い。録画技術の向上などによって、映
   像は「文化遺産」「文化資源」であり「商売」になるとして、近年、放送局や制作会社
   でも保存をするようになっていますが。


 
   一方、脚本・台本については放送局や制作会社も「関心の外」でした。近年、海外で
   は書籍はもちろん、脚本・台本なども収集・保存・管理して後世に「文化遺産」として
   伝えていこうという機運がたかまっています。
   「アーカイブズ」といわれるもので、最近日本でもようやく関心がもたれるようになり
   つつあります。





   脚本・台本はアーカイブの観点から見ると間違いなく「一級資料」です。
   本来なら国や放送局、あるいは制作会社などが率先して収集保存すべきことですが、
   残念ながらそのような動きはありません。

   そこで日本放送作家協会では、2005年10月、文化庁の支援や足立区の協力を得て、
   足立区内の「学びぴあ」(足立区中央図書館等がはいっている)の中に日本脚本アー
   カイブズ準備室を設け、活動を開始しました。



   今のところ基本的に「ボランティア」に頼っており、予算や人員も限られていますので、
   「サンプル収集」の段階にとどまっています。
   それでも、物故者の脚本家、構成作家などの脚本・台本を中心にすでに2万5000冊強の
   貴重な脚本・台本が集められ(2008年10月段階)準備室および足立中央図書館、
   梅田図書館に大事に保存されています。
【デジタル化は必須】

   収集した脚本・台本はすべて「書誌情報」をとり、劣化をふせぐため中性紙にいれて保存
   しています。
   脚本・台本は書籍などと違って、長期保存を前提として作られてこなかったので、劣化も
   早いものです。
   また、脚本・台本をただ集めて保管しておくだけでは、多くの国民の賛意を得ることはむず
   かしいと思っています。
   収集した脚本・台本を文化の発展やビジネスにも役立つよう、いかに利活用していくか、
   つまり「社会還元」をしていくことが大事です。


   そのためには、未だいろいろな問題があるにせよ、デジタル化は必須であります。
   幸い、デジタル・アーカイブやゲーム・ソフトなどの研究開発を行っている東京大学
   大学院情報学環の「馬場章研究室」が、脚本アーカイブズに強い関心と興味を示して
   くれました。
   その結果、東大の「高度アーカイブ化事業5カ年計画」の一環として研究を進めること
   になり、現在、デジタルアーカイブのシステム構築を中心にした「共同研究」がすすみ
   つつあります。


   「デジタル化」が時代の流れでありますが、われわれとしてはデジタルアーカイブに偏る
   のではなく、「現物保存」と「デジタル保存」の2本柱が重要だと考えており、この点、
   東大大学院情報学環とも完全に意見が一致しています。

   目指すところは50年後、100年後を視野にいれた「理想の脚本アーカイブズ」であり、
   そのためにはどのようなシステムを構築すべきか、勉強会などを積み重ねて知恵を
   だしあっているところです。
【脚本・台本は一級資料であり貴重な文化資源】

   われわれは脚本・台本を単なる「文化遺産」ととらえるのではなく「文化資源」と位置
   づけています。
   「資源」であるから、当然、これを利活用し、新しい利用の仕方等を考え出すとともに、
   映像ビジネスにも活用できるものを目指しています。

   書き手にとっても「埋もれた脚本・台本」が息をふきかえすことにつながるし、新しい
   書き手や志望者にも大いに役立つにちがいありません。

   何より「脚本・台本が大事」ということが、社会の共通認識になれば、脚本家、構成
   作家などの「社会的地位」も向上します。それは優れた書き手や作り手の誕生につな
   がり、映像ソフトの豊かさ、質の向上に役立つはずです。


   映像作品をつくる上で脚本・台本がいかに大事で作品の善し悪しを決定づけるもの
   であるか、残念ながら映像関係者でさえ理解の薄い人も多いようです。世界的に著
   名な映画監督の黒澤明も今村昌平も、映画の出来不出来は「シナリオ(脚本)」で
   決まると断言しています。


   「用なし」とばかりに廃棄するところからは、「大事」「大切」という精神は生まれないと
   思います。
   文化は、いうまでもなく「過去の経験(記憶)」の積み重ねの上に、「新しいもの」が
   付け加わることで発展してきました。
   過去を大事にしないところに、豊かな未来は開けません。
   アーカイブズの目的は、先人が粒々辛苦して残してきた体験(記憶)を記録し、未来
   に伝えることです。

【新しい利活用の可能性】

   今後、東大との「共同研究」が進めば、大量に集積したメタデータをもとに、脚本・
   台本の新しい利活用の道も生まれてくるに違いありません。

   キーワード検索により例えば何百何千通りもの「別れのシーン」を呼び出せたり、
   将来的には人工知能を利用して、キーワード検索で「20歳の男」と「30代女」「東京」
   「ニューヨーク」などのキーワードをいれると、ベーシックながら「物語」を自動的に生み
   出すことも可能になるかもしれません。


   さらに、例えば主人公に自分の「写真」を、妻役に「恋人」を配し、シーンの背景や
   小道具類も、すべて「本人の気にいった演出」で本人の演出・主演の「プラーべート・
   ドラマ」を作成することも不可能ではありません。

   ベースになるのは脚本・台本です。著作権処理等々、乗り越えるべき点も数多くあり
   ますが、膨大なメタデータを蓄積することで、従来考えもしなかった脚本の利用法が
   生まれるかもしれないのです
   従って、収集保存の姿勢として「現在の価値基準」だけで取捨選択を決めないという
   こともアーカイブズ的には大事であると思っています。


   脚本アーカイブズ設立のためには、相当額の資金や要員、保管場所等が必要で、
   関係者だけではなく、世論の幅広い支持や支援がぜひとも必要です。
   幸い、新聞、テレビ等のマスメディアにも何度もとりあげられるなど、脚本アーカイブズ
   への社会の理解も深まりつつあります。
【今後の展開と夢】
   今後、映画のシナリオを中心に書いているシナリオ作家の集まりである日本シナリオ
   作家協会他の協力も得て、余裕があれば、放送台本ばかりでなく映画シナリオや、
   さらにウエブ作品の台本などの収集保存も視野にいれ、活動を続けていくつもりです。

   また、脚本・台本の「最終稿」ばかりでなく、企画書やハコ、構成、第一稿二稿など、
   脚本・台本が完成に至るプロセスも、収集保存の対象にいれています。

 
   脚本アーカイブズは、単に脚本・台本を収集・保存・管理する場所にとどまらず、将来
   的には脚本・台本の「発信基地」としても機能させることが可能かどうか、この点につ
   いても研究をすすめたく思っています。

   これからの日本は「ソフトパワー」で、世界から一目置かれる存在になっていく必要
   があるし、その能力を十分もっていると思います。
   「ソフトパワー」の重要な柱として、海外でも通用する作品を数多く創り出すこと。
   そのためにも、作品の基礎になる脚本の充実が必須です。
   「傑作」「佳作」「名作」の影には「良質な脚本」ありです。
   脚本アーカイブズが、そのための豊かな「土壌」になれば、こんな嬉しいことはあり
   ません。
【棄てる前にご一報を】

   過去の脚本・台本は、制作スタッフや出演者、その他の関係者のところにも、大量
   に「埋もれている」はずです。
   脚本・台本に限りませんが、現時点では「価値がない」と思われるものでも、時代が
   かわれば「価値」をもつものは、いくらでもあります。あとになって「とっておけばよかっ
   た」「惜しかった」と嘆いても後の祭りです。


   「汚いから」「用済みだから」「置き場所に困るから」といった理由で棄てる前に、ぜひ
   脚本アーカイブズにご一報いただきたいものです。
   テレビ創生期の脚本・台本が日々消えていっている今こそ、積極的かつシステマ
   ティックに収集・保存・管理していくことが急務だと考えています。


   尚、脚本アーカイブズでは脚本・台本を「預かる」のではなく「寄贈」していただいて
   おります。


   脚本アーカイブズの設立は長い目で見て、必ず日本の文化・芸術に大きな貢献を
   するはず、とわれわれは確信しています。
   資金、要員とも未だ乏しく、遅々とした歩みですが、さらに幅広い方々の脚本アーカ
   イブズへのご理解とご支援、ご協力を賜りたく思います。


    ご質問やご意見などありましたら、日本脚本アーカイブズにメール等でご連絡
    くださるようお願いいたします。